2010年08月22日

映画『ぼくのエリ 200歳の少女』

 テアトル梅田にて昨日から公開のスウェーデン映画『ぼくのエリ 200歳の少女』。いろんな国際映画祭で受賞していて、ハリウッド・リメイクも決定しているそうです。原作は『モールス』(ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト著/ハヤカワ文庫)。


Story
母親と2人でストックホルム郊外に暮らす12歳の少年オスカーは、毎日学校で同級生3人組から苛められていた。教師も母親も、大人たちは誰も気付かず、助けてくれる友達もない。イジメっ子と同じ言葉を呟いて、隠し持っているナイフで自宅前の木を切りつけながら、辛い思いを紛らわせていた。そんな彼の前に、前日に父親らしき男と隣部屋に引っ越してきた黒髪の少女が現れる。息も凍りつくような寒さの中、薄手のシャツ1枚で現れた彼女は、オスカーの寂しい胸の内を見透かしたように「君の友達になれないわ」と言う。その頃、町では凄惨な殺人事件が起きていた。切り裂かれた喉から血を抜き取られて、逆さ吊りにされた死体が森で発見されたのだ。再びオスカーの前に現れる少女。その表情はどことなく悲しげで、鼻を突く異臭を漂わせていた。エリと名乗る彼女は自分の誕生日を知らず、年齢も“だいたい12歳”とはっきりしない。秘密めいたエリと接するうちに、オスカーは胸の高鳴りを覚えていく。やがて、2人はお互いの寝室の壁を叩き、モールス信号で会話を始める。エリに励まされ、強くなりたいと願うオスカーはイジメっ子に逆襲、大怪我を負わせる。興奮したオスカーはそれをエリに伝え、“血の契りを結ぼう”と掌をナイフで切る。床に滴り落ちる真っ赤な血。それを目にしたエリは、堪えきれず獣のように四つん這いになって血を啜ってしまう。オスカーは、エリが12歳の姿のまま200年も各地を転々として生きてきたヴァンパイアであることを知るが、思いは変わらない。やがて、エリの父親は、血を得るための殺人に失敗して、逮捕・入院後、死を選ぶ。エリも自らの正体を町の人間に知られ、別れの言葉もなく去ってしまう。「ここを去って生き延びるか、とどまって死を迎えるか」エリが以前に書き残した言葉を傍らに、オスカーは再び孤独な日々を送る。失意の彼をイジメっ子たちとその兄が仕組んだ復讐が襲う・・・。
(Movie Walkerより改変)


 真っ黒な画面にクレジットが出ている間、セリフも効果音も音楽もなし、完全に無音のオープニングが印象的でした。

 ホラー・テイストの思春期映画、初恋映画って、感じですね(PG12です)。ゾっとする(個人的には怖さは感じない)場面はいくつかありますけど、そこを除けば、思春期の生き辛さを描いた作品であり、エリが吸血鬼であることも、そのメタファーのように思えます。エリは吸血鬼であることを喜んでいないし、楽しんでいない。生き血を吸わなければ、生きていけないから、必要に迫られて、人を襲わざるえない。人は誰でも自分が大事で、他人を犠牲にせずに生きてはいけない・・・ということのメタファーでもあるような。

 吸血鬼の“生態”に関して説明不足の面があり、そこはちょっとひっかかりました。あと、エリ役の女優さんは僕の好みじゃなかったですあせあせ(飛び散る汗)

 それにしても、ラストシーンのオスカーの選択はあれで、本当に良かったのだろうか。ひょっとして、エリの父親らしき男は、かつてはオスカーのような存在だったのでしょうか?そして、オスカーもいつか・・・。


『ぼくのエリ 200歳の少女』公式サイト
http://www.bokueli.com/


 先日『第9地区』を、J-comのV.O.Dで観ました。ドキュメント風の作りが面白い。エンディングもなかなか洒落てます。VFXと人形で作られたというエイリアンの生理的不快感を呼び起こす造形や、動きの自然さは秀逸ですね。
posted by ふくちゃん at 21:13| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Cinema Review | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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