Story
死神が現れるのは、人が不慮の死を迎える7日前。観察・接触の後、「実行」か「見送り」かを判断するのが仕事だ。彼らの楽しみは、CDショップで人類最大の発明“ミュージック”を聴くことである。千葉(金城武)の今回のターゲットは、電器メーカーの苦情処理係に勤務する27歳のOL藤木一恵(小西真奈美)。家族も恋人も事故で亡くし、親しい友人もいない孤独で薄幸な女性だ。しかも、仕事では毎日のように指名で電話をかけてくるストーカーまがいのクレーマーから「会いたい」と迫られ、悩んでいる。ついていない人生に希望も見出せない。千葉はいつものように、「実行」と判断するつもりだったが・・・。
導入部のシークエンスで、千葉が素手で触れた花が枯れるチャチなCGを眼にしたときは、この映画を観に来たことを後悔しました(素手で触られた人間や、終盤のひまわりが咲くCGもどうかと思うなぁ
でも、原作の6篇のエピソードのうち、最初の『死神の精度』、2つめの『死神と藤田』、最後の『死神対老女』を比較的無理なく繋げてあって、そこは感心しました。原作では『死神の精度』と『死神対老女』には微かなリンクしかなく(『死神対老女』は映画に含まれない4つめのエピソード『恋愛で死神』と繋がる)、また『死神と藤田』は全く独立した話なんですが。
もっとも、原作を読んでいる人にも、そうでない人にも、3つのエピソードがどう繋がるのか、序盤・中盤・終盤と容易に想像がつくとは思いますけどね。
金城武さんのとぼけた演技(原作の千葉の方がクール)、人間との会話が微妙にズレるところはクスリと笑えます(原作に比べるとベタだけど)。黒い犬の相棒という存在も、始めは違和感ありましたが、千葉の立ち位置が分かりやすくなって良かったように思いました(でも原作のままでもいいんだけど)。
ただ、映画における2人目のターゲットであるヤクザの藤田のエピソードが「現在」の話で、最初の一恵のエピソードが「過去」の話であるということが微妙に分かりにくいし(僕がボーっとしているだけかもしれませんが)、3人目のターゲットの美容師のエピソードが「未来」の話であることを示す道具立てがあまりにチャチで、特に必然性がないのが残念です。竹子を○○ッ○にするとは・・・。
・・・なんというか、全体としては、そんなに悪くない映画だとは思うのですが(甘めの採点)、強く「こういうところが凄いから/感動的だから、観に行った方がいいよ!」と薦めにくい作品ではあります。
良くも悪くもさらりと軽い映画ってトコでしょうか
ちなみに、主題歌は藤木一恵の『Sunny Day』。よくあるアソビですが、結構好きです、こういうの。
『Sweet Rain 死神の精度』公式サイト
http://www.shinigaminoseido.jp/
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原作ではこの3つのお話、そんなに繋がっているわけではないのですね。
私も良くもなく悪くもなく…という感じで、ふくちゃんさんと同じ様な感想を持ちました。
富司純子のキャラにちょっと1話とのギャップを感じてしまいましたが…(苦笑)
めいさんのブログからよくお邪魔しています。
この記事を読んで、映画ではなく原作本を買いに行きました。原作あり映画は、どちらかと言えば、原作好きです。
この「死神の精度」は本だけで終わりそうです。
富司純子さんのキャラは繋がりという点では確かに・・・。でも原作でも結構変化しているんですよ(『恋愛で死神』→『死神対老女』)。年を経て変わったってことなんでしょうね。
>kinkachoさん。
僕も基本的に原作派ですね。原作より面白い!と思った映画は正直無いです(笑)。
また、遊びにお越し下さい。僕もそちらに行かせて頂きます。
昨日、原作を読了しました。
短編連作というのが、kinkachoの好みに合っいて、すんなり読めました。クールで、感性のずれた千葉の言動が「死」を和らげている感じがしてほっこりした作品群になってました。
映画は見てませんが、頭の中の死神は金城武でした。
クールといえば、『死神と藤田』のエピソードに当たる部分での金城武さんはクールなルックスでした。
自分の気に入ってる話が映像化されるのって期待と不安が入り混じりますよね。
私の場合「幸福の食卓」がそうでした。
>自分の気に入ってる話が映像化されるのって期待と不安が入り混じりますよね。
全くです。かといって、原作が嫌いだとあまり観る気も起こりませんが(笑)。
『幸福な食卓』は、映画も原作も好きです。
結局、映画も行ってきました。
「死神と藤田」の金城武のクールなルックス確認しました。けっこうイケてますよ、うん。
無理に3つのエピソードをつなげると、あざとい感じがしますね。
この記事のおかげで落胆はしないで帰ってこれたので、助かりました。
ね。カッコよかったでしょう。
でも、ねえ。
まあ、連作短編を長編にするには仕方がないんでしょうけど。